量子力学の土産話

この世に存在する粒子が2種類しかない―フェルミオンかボゾンか―と聞いた時は驚いたものだ。電子や陽子のような物質を構成するような粒子も,また光子をはじめとするゲージ粒子も基本的にはすべて2種類に分類されるのだから。物理学があらわにした普遍性というものの一つの例なのだと思う。
フェルミオンにはパウリの排他原理が働き,身の回りにある原子が固有の電子構造を持つことの一つの要因となっている。元々はパウリの排他律として知られていた経験則は,後になると電子の波動関数の反対称性により裏付けられることになった。これは,電子がどれも似ていて「区別がつけられない」という原理*1によるものと言える。この原理を受け入れると,

f:id:ttrr:20130217001932j:plain = Ψ(青, 橙)という状態と, f:id:ttrr:20130217004005j:plain = Ψ(橙, 青)という状態は,同じ物理を表していなくてはいけない。量子力学の原理によると,量子的な系の状態は波動関数により記述され,波動関数はその絶対値の二乗がその位置における粒子の存在確率としての物理的な意味を持つのであった。すなわち,上に挙げた2つの系が同等であるためには,粒子の入れ替えに対して波動関数

Ψ(橙, 青) = exp(iα) Ψ(青, 橙)

と変換されなくてはいけないことを意味する。なぜならば位相因子exp(iα)を掛けることは絶対値の二乗を変化させないからだ。ここで粒子の入れ替えをもう一度やってみよう。すると粒子は再び(青, 橙)の状態に戻る。つまり粒子を2回入れ替える操作は,何もしないのと同じなのである。ふたたび数式を使ってこの事実を表すと,

Ψ(青, 橙) = exp(iα) Ψ(橙, 青) = exp(iα) [exp(iα) Ψ(青, 橙)] = exp(2iα) Ψ(青, 橙)

となる。最左辺と最右辺をΨ(青, 橙)で割ると,exp(2iα) = 1,つまりexp(iα)=±1を得る。つまり量子力学で扱われる,素粒子などの波動関数は,2粒子の入れ替えに対して符号を変えたり変えなかったりするのだ。このうち符号を変えるものが電子などが属するフェルミオンであり,符号を変えないものが光子などが属するボゾンなのである

波動関数の符号が変わったり変わらなかったりすることは,ただ数学的な興味を満たすだけではなく,粒子の統計性に大きく影響する。このことが,例えば原子や分子の電子構造に説明を与えたというのは先に述べたとおりである。中学校でK殻L殻というのをやっただろうが,あれはかなり高級なお話なのであった。

中学校で習う,おもちゃのようなモデルとしての物理は高校,大学と進むにつれてより原理的な出発点から描きなおされる。それは時に数学的な議論を必要とするものであって,これがなかなかのハードルの高さを感じさせるものになっていると思う。しかしながら,数学を使っていれば偉いというわけではないし,原理を追及したところで何かしらの仮定やパラメータが必要になる。人間が物の理を理解するなんていうのは,結局スマートなモデルをつくったという自己満足でないのかもしれない。

*1:これこそ本当の原理