ベリー曲率の計算例


慶應義塾 大学院講義 物性物理学特論A 第三回 ゲージ場とベリー位相2,内因性ホール効果1 - YouTube

格好の良い、モダーンな物性物理学講義がyoutubeに上がっているので、学生時代を懐かしみながら見たりしている。この辺りの分野は、僕も昔計算した覚えがあるのだ。
上の講義ビデオ中、42分のあたりで課題として出された問題をやってみた。何とか答えが導けたが、計算はなかなか合わせられず、脳力と腕力の衰えを感じて寂しかった。


問い:
 H(\mathbf{R}) = \mathbf{\sigma} \cdot \mathbf{R} = \left( \begin{array}{cc}Z&X-iY \\ X+iY & -Z \end{array}\right)
について、ベリー曲率を計算し、
 B_{\pm} = \mp \frac{\mathbf{R}}{R^{3}}
であることを確かめよ。

方針:固有値 \pm Rと固有状態 |\phi_{+}\rangle = \frac{1}{\sqrt{2R(R+Z)}}\left( \begin{array}{c}Z+R\\X+iY\end{array}\right)および |\phi_{-}\rangle = \frac{1}{\sqrt{2R(R+Z)}}\left(\begin{array}{c}-X+iY\\R+Z\end{array}\right)から直接ベリー接続を計算し、続いてベリー曲率を計算する。
基本的には計算を遂行するだけであるが、RがX,YおよびZの関数となっていて少し面倒に見える。 \partial/\partial X R = X/Rなどの関係式を公式として利用すると多少らくちんになる。


ベリー接続 A_{+,X} = i\langle \phi_{+}|\frac{\partial}{\partial X}|\phi_{+}\rangleを計算する。
 \frac{\partial}{\partial X}|\phi_{+}\rangle = -\frac{2X+ZX/R}{(2R(R+Z))^{3/2}}\left(\begin{array}{c}R + Z\\X+iY\end{array}\right) + \frac{1}{\sqrt{2R(R+Z)}}\left(\begin{array}{c}X/R\\1\end{array}\right)
左からブラを掛けると、
 \langle \phi_{+}|\frac{\partial}{\partial X}|\phi_{+}\rangle = -\frac{2X+ZX/R}{(2R(R+Z))^{2}}\{(R+Z)^2 + (X^2 + Y^2)\}+\frac{\frac{X}{R}(R+Z)+X-iY}{2R(R+Z)}

第1項の括弧の中身であるが、これは計算すると 2R(R+Z)となり分母を一つキャンセルする。結果は単純な表式となり、 A_{+,X}=-\frac{iY}{2R(R+Z)}。また同様の計算により A_{-,X}=\frac{iY}{2R(R+Z)}
ベリー接続のY成分、Z成分についても同様の計算ができる。
 A_{\pm,Y}=\pm\frac{iX}{2R(R+Z)}、また A_{\pm,Z}=0など。

念のためメモとして書いておくと、Z成分についてはゼロになり、一見ハミルトニアンの持っている対称性を破るがこれは別に構わない。ベリー接続はゲージ不変ではなく、つまり位相の選び方に依存する。逆に言えばこれは観測に係らない量であり、物理的には意味がない。意味があるのは、その経路積分であるベリー位相だからだ。ベリー位相は基底に依ってはならない。
これらの結果から、ベリー曲率が計算される。
 \frac{\partial }{\partial X}A_{\pm,Y}-\frac{\partial}{\partial Y}A_{+,X} = -\frac{Z}{2R^{3}}
同様に
 \frac{\partial }{\partial Y}A_{\pm,Z}-\frac{\partial}{\partial Z}A_{+,Y} =- \frac{X}{2R^{3}}
 \frac{\partial }{\partial Z}A_{\pm,X}-\frac{\partial}{\partial Z}A_{+,X} =- \frac{Y}{2R^{3}}
となる。従って B_{\pm} = \mp \frac{\mathbf{R}}{R^{3}}が示された。


ここで扱われたハミルトニアンは、ディラックハミルトニアンと呼ばれる。固体物理においては、パラメータRとしてブロッホ波数kがしばしば採用される。このとき電子の分散は線形となり、運動量に比例したエネルギーを持つ。近年注目を集めるグラフェンなどはこのような質量ゼロの線形分散を持ち、キャリア速度の速さなどからエレクトロニクス材料としての応用が期待されている。
今回の計算の例はかなりシンプルなハミルトニアンについてのものであって、その意味で教育用にあつらえられたものだと思う。もちろん実際の系に対する第ゼロ近似にはなるだろうが、このような教育用のモデルと、千差万別の実際の物質との間には深い谷がある。だからこそこういう典型例の計算は、実際に手を動かして納得することが大事ということになると思うのだが。