風邪をひきました

「風邪をひきました。今日は会社を休みます。」と電話で上司に伝えると、上司は私が風邪をひき、今日は会社を休むということを知る。「わかったよ。」この瞬間、私も私で上司が私が風邪をひき、今日は会社を休むことを知ったということを知る。これで私は風邪を押して会社まで出かけていき、面と向かって欠勤を伝える必要はなくなった。私は安心した。
しかし上司はそのさらに上を行く。上司は私が上司は私が風邪をひき、今日は会社を休むということを知っていることを知っていることを知っている。だから、私が風邪を押して会社まで出向いて行って、「今日は風邪だから休みます」と伝えに来ないだろうと思っている。そしてそのことを私も知っている。実は際限なく続くメタ構造を包含したところに、了解という概念は存在する。


私はあなたをだまそうとしている。「これはパワーストーンです。価格は100万円です。あの錦織くんも買いました」と言って、そこらへんの駐車場で拾った、犬の顔に少し似た形の石を売りつけようとする。当然あなたは嘘に気付く。必死にその犬石を売ろうとする私を見て滑稽に感じるかもしれない。でも、その事を私が知っていたとしたら。優位を感じるあなたの心の隙をついて、強力な制汗剤をセールスすることに成功するかもしれない。こういうケースについて聞いたことのあるあなたなら、警戒を緩めはしないだろう。私は何をあなたに売ることも諦めて、次の”客”を探しに行くのが利口だろう。この辺までくると、相手よりもメタな立場に立つことにほとんど意義はなさそうだ。お互いがふざけていることを了承した上で、滑稽を演じることもあるだろう。演劇というのがそういう事かもしれない。


ちなみに風邪はひいていません。