熱力学入門 佐々真一 その1

第1章 序論

1.1 背景

  • 自然界の法則には方向性がある。
    • 転がるボールはいずれ止まる。その逆はない。
    • 生物はいつか死ぬ。
  • 我々がどう操作しても,実現できない変化がある。
  • 世界は安定している。
    • 転がるボールがいずれ止まるおかげ。
  • このような点を問題にする見方を象徴的に「方向的変化の論点」と呼ぶことに決める。熱力学はこの「方向的変化の論点」を明確に含む学問。

日常的に見かける現象に起点を置いて問題提起。親しみやすい。大学新入生に読める内容という触れ込みは伊達ではない。清水先生の本はどういう切り込みかと読み返してみたら,ミクロ系とマクロ系の意味から入っていた。明らかに通好みの書き方であって,初学者が読める本ではない。とかく大学新入生くらいの頃は,特に物理に興味のある学生は「ミクロの方がエライ」と思っているものである。自分もそうだった。しかし清水先生の本にもあるように,あらゆる理論は限られたスケールで通用する有効理論でしかない。余裕をもって勉強できるようになると,普遍性を抜き出した成功例として熱力学というのを眺められるようになってきた。

1.2 熱力学とは

  • 熱力学は平衡状態間の変化を対象としている。
    • 物体の巨視的な変化がない状態を平衡状態と呼ぶ。
    • 生きている状態は平衡状態ではないので,熱力学の問題ではない。
  • 普遍性
    • 平衡状態間の変化は,外部からの何らかの作用によって引き起こされる。
    • 物質の属性に依存せずに広く成り立つ法則を体系化。

熱力学は異なる平衡状態の間の変化を対象とする。重要なのは熱力学が対象とする系におけるミクロな詳細によらず,広い系に対して熱力学的議論が適用できることである。だから理想気体を使おうが,アンモニアの気体を使おうが,ゴムだろうが金属だろうが,同じ法則がなりたつ。程度論になって初めて,具体的表式を通じて物性値や温度などのパラメータが入ってくる。
物理学の法則には,こういう性格のものがたくさんある。例えば古典力学における運動方程式はパラメータとして,初期状態,つまり位置と速度を要求するが,一旦パラメータが与えられれば後の時間発展が定まる。これはパラメータの値によらない。運動方程式をフレームとするとその内容物は位置と速度,熱力学をフレームとするとその内容物は物性値,温度,力学的仕事や熱などとなるだろう。