室温超伝導ができたとかいうプレプリントの話

(この記事はhttp://d.hatena.ne.jp/ttrr/20180727/1532653976との同時更新です)
先日プレプリントサーバーのarXivをチェックしていたら、なにやら目をひくタイトルが目に飛び込んできました。
[1807.08572] Evidence for Superconductivity at Ambient Temperature and Pressure in Nanostructures
一応最初に述べておきますと、arXivというのは普通の意味でいう論文誌ではなくて、投稿中の論文や論文にするほどではない情報の共有を目的としたサーバーであって、arXivにアップロードされた段階ではその文章(プレプリント)は査読や他の研究者による検証を受けていないと思うべきものです。
タイトルからわかるように、このプレプリントは科学者が夢見てきた室温超伝導がついにできたぜ!というもので、こんなタイトルをつけたらノーベル賞を取ってしまうか炎上するかどちらか二つに一つという刺激的なタイトルだと思います。著者はこんなふうに言っていますが、内容が本当かどうかは今のところ今はまだ誰にもわからない状況です。
室温超伝導は物理学の(あるいは化学でも?)聖杯とでもいうべきものなので、これに関する怪しげな論文はこれまでにもarXivに数々投稿されてきました。しかしその多くは一目見ただけで怪しさセンサーがmax反応するようなもので、論文を読んでいても疑問しか浮かんでこないというのが通例で、だから今回のプレプリントを見かけた時も「ああまたか」と思いました。ところがこの論文、内容を読んでみると意外にもしっかり書かれていそうだなと感じられてきました。
これまでの超伝導の常識と大きく異なる箇所が多く、信憑性については今後慎重な検証が必要かと思いますが、夢のある内容なのでここではその内容をちょっと紹介してみたいと思います。

彼らは何をやったか?

銀の微粒子を金の基材に埋め込んだサンプルを作製し、評価しました(HRTEM, HAADF-STEM, XRF, XRDなど)。作製したサンプルで超伝導を観測。測定としては薄膜とペレットのサンプルにおいて、4端子測定によるゼロ抵抗と転移温度以下で反磁性を確認しています。サンプル作製の詳細については意図的に情報を制限している印象もありますが、サンプルの評価は非常にしっかりしており、少なくともこの部分で信憑性を損なうようなものではないと感じました。転移温度の磁場依存性についても論じられており、傾向としては整合しています。なぜ3Tまでしか抵抗測定を行わなかったのかや、帯磁率の変化が急峻な割に分率が小さいとか、FCの結果は書いていないなどのツッコミどころはあるといえばありますが、これらが本質的なツッコミであるかどうかは知りません。また金・銀の分率によって転移温度が大きく変化することも報告しており、これ自体も非常に驚くべき結果だと思います。

どうして驚きなのか?

超伝導転移温度が236 K(摂氏マイナス37度)と非常に高温(超伝導的にも液体窒素の77 Kでも十分高温なのです)であることももちろんですが、今回の系が金+銀系であるとういことも大きな驚きです。大雑把にいえば世の中の金属は大抵冷やせば超伝導になるのですが、金や銀においてはフォノンと電子の相互作用が小さく、これまでの実験では超伝導は観測されていません。このプレプリントではプラズモンを介したペア形成を狙ったと書いてありますが、この見方は現在の一般的な超伝導物質探索の主流から大きく外れており、この結果が明確なビジョンに基づいた狙い通りのものであったとしたら天才的と言えるんじゃないでしょうか。
このような現象が本当だとしたら、抵抗ゼロの送電・通信などへの応用によってエネルギー利用効率は大きく上がるでしょう。金と銀というのは高価な金属であるように思いますが、物自体としては毒性がなく非常に有用です。また、ナノ粒子を利用した非一様系の超伝導という一つの分野が開けることにより、さらなる高温超伝導系が発見される可能性も広がります。もちろんこれらは全て、内容が本当なら、という話ですが。

結局本当なのか?

こればかりは独立した他のグループによる追試によって検証される他に、真偽を確かめる方法はないと思います。非常にインパクトがある結果なので、世界のどこかではもうすでにプレプリントを読んで追試を試みているグループがあるかもしれません。個人的にはこの話題についての続報(肯定的でも否定的でも)を楽しみに待ちたいと思います。
その他何か明確なツッコミどころ等に気づいている方がいれば、教えていただきたいと思います。