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食べてすぐ寝よ

後輩が退職するというので、仕事の合間に少し時間を設け、短い間だったけどありがとうだとか、頑張っていこうだとかお互い言葉を掛けあいました。彼女は大学での研究に戻り、学位の取得を目指すのだそうです。不安を感じないではないようですが、何にせよ決断をしました。僕は何と言っても雇われの身ですから、どのようになりたいかという希望は持てないかもしれません。ただ、面白い仕事がしたいというだけだと言ったりしました。
それからついでに一つ、牛のようになりたいのだという話をしました。奇をてらっているのではありません。牛のように図々しく進んでいくことが大事だと、夏目漱石が手紙に書いているのです。もっとも、その言葉は新時代を担う後輩作家に向けたものではありましたが、書かれて100年近くたった今日、僕の頭の中にぴったりとはまってしまっているのです。有名な文章ですが、部分的に下に引用します。

勉強をしますか。何か書きますか。君方は新時代の作家になる積でせう。僕も其積であなた方の將來を見てゐます。どうぞ偉くなつて下さい。然し無暗にあせつては不可ません。たゞ牛のやうに圖々しく進んで行くのが大事です。

http://www.geocities.jp/sybrma/202sousekinotegami.html

 牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。(中略)
 あせつては不可せん。頭を惡くしては不可せん。根氣づくでお出でなさい。世の中は根氣の前に頭を下げる事を知つてゐますが、火花の前には一瞬の記憶しか與へて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。それ丈です。(中略)牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。

http://www.geocities.jp/sybrma/202sousekinotegami.html

超然さというのはたぶん必要なものなのだと思います。大学時代の若い心にはそれの大事さが、いま一つわかって来ませんでしたが、働いているとだんだんわかってくる気がするので不思議です。根気というのは、これもよくわかります。これは人生一般の話でもあるに違いありません。ゴールは無いのですから、そもそも急いでも仕方ないのでしょう。



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夏目漱石の手紙の引用にあたっては小さな資料室のコンテンツから引用させていただきました。どうもありがとうございました。