審良 静男 『新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで』

免疫についての最も古い記述の一つは、ペロポネソス戦争時の「戦史」という史料らしい。そこには一度経験された疫病が、二度目にかかった際には軽い症状しか引き起こさないことが記述されている。免疫についての経験的に得られた知識は、人間にとって今や古いものとなったと言える。しかしながら、その動的な働きの様子や、詳細なメカニズムについては解明から程遠く、今なお解明すべき謎が多い。この本で筆者は、免疫について現在までの研究により判っていることを、近年得られた最近の知識を交えて解説する。
免疫システムによる抗原排除のストーリーでは、様々な種類の細胞が活躍するようである。マクロファージ、T細胞、B細胞などがそれぞれ相互にコミュニケーションを取りつつミッションをこなし、強力かつ慎重に抗原を排除していくのである。この様子はとても複雑で、空間的にも時間的にも入り組んだややこしいものであるが、筆者は非常に見通しよく説明しているので分かった気がしてくる。また、活躍する細胞に対して愛着を感じずにはいられない表現もあったりし、読んでいて飽きさせない。

つまり、最高にパワーアップしている状態の食細胞の前で、抗原に抗体がくっついてオプソニン化されるのだ。ステーキがほどよく焼けたようなものであり、食細胞たちの食欲たるや猛烈なものとなる。(3章 「B細胞による抗体産生」)

食細胞を擬人化するのは、筆者の愛着でもあるのだろう。個人的にはすごい好きだ。
本書の後半になると、少し免疫「学」に踏み込む。免疫学最大の迷宮と呼ばれる腸内免疫や*1、自然炎症と免疫の関係、さらにはがんペプチド治療ワクチンなどの最新の研究課題に触れる。これらの話題は未だ研究課題を多く抱えている分野であるらしく、これはとりもなおさず未解決の問題ということである。分野としての奥の深さを垣間見られる。
この本の全体を通じて、圧倒的に複雑な話が、圧倒的に読みやすくまとめられている。たまにしか出会うことができない、素晴らしい本だと思う。

*1:うるし職人が手のかぶれを防ぐために少量のうるしを食べる話が紹介されている。有名なはなしとされているが自分には初耳だった。