長沼毅 「死なないやつら」

本を読んだ。Amazonでレビューを読み、評価が良いというので気になっていた。4月の頭に図書館で貸し出し予約をし、手元に貸し出されるまでに二か月以上かかった。

死なないやつら (ブルーバックス)

死なないやつら (ブルーバックス)

副題にあるようにこの本は「生命とは何か」という問題に対する普遍的な答えに近づくために、極限的な生物を取り上げてみようというものである。

科学の研究では、取り扱う対称の本質的な性質を見出すために、様々な条件を極限、つまり「エッジ」に設定して、そのとき得られた値をもとに洞察するという手法があります。
(中略)
環境を限りなく極限に近づけていったとき、地球生命という現象はぎりぎりどこまで成立しうるのか―極限生物はその境界線、つまり「エッジ」を示してくれるのです。

最近流行りのクマムシが、まずは取り上げられる。クマムシや、クマムシ以上に強いというネムリユスリカの高温耐性、放射線耐性、真空耐性などに触れたあと、本題に入っていく。

極限環境でも生き生きと活動している生物たちがいます。むしろ積極的に、こうした環境を好んで生きている生物たちもいれば、そうした環境でしか生きられない生物たちもいます。
(中略)
彼らはみな「微生物」です

この本はつまるところ、微生物についての本である。または細胞レベルでの共生や進化について。2章では温度、圧力、重力、塩分などについて、極限環境で生育・繁殖が観測された微生物の研究例が列挙されていく。

2003年にはアメリカの研究者が、バンクーバー沖の海底火山から121℃の熱水中でも増殖するアーキアを発見して、当時の新記録を樹立しました。そして2009年には前述した日本の高井研氏が、インド洋の水深3000メートルにある海底火山で採取したアーキアが122℃で増殖することを発見して、記録を1℃更新しました。
(中略)
次なるインパクトを狙う研究者はまた記録を1℃更新する「123℃」で増殖する微生物を探そうとするでしょう。

このへんの実験で温度実現がどうなっているのかは、興味がある。
好熱細菌は、コドンの冗長性をうまく使っているという話があり、興味深く感じた。DNAでは4種(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)の塩基が3つひと組でアミノ酸をコードしている。アミノ酸は20種類だから、4種×3bit=64種の可能性を考えると、コーディングには冗長性がある。たとえばCGCとAGAはそれぞれアルギニンを指すコドンであるが、G-C結合は水素結合を3つ持ち、化学的安定性が高い。そのため、超好熱細菌などにおいては、この冗長性が重要になってくる。また、放射線に対する強い耐性を持つ微生物が、4セットのゲノムを持ち、余剰分をエラーコレクションに使っているという話も興味深かった。


ただ、最終章「宇宙にとって生命とは何か」の章については、疑問に感じる点がいくつかあった。「これについて、私は最近、このように考えています。」と前置きしたうえで、次のように書いている:

宇宙全体のスケールで考えると、エントロピーは原理の通り次第に増大し、星や銀河といった形のある構造は失われてゆくでしょう。最終的にはエントロピーが極大化し、宇宙は秩序や構造のない「真っ平ら」な状態になってしまうでしょう。
ところが、エントロピーが小さな状態(秩序や構造がある状態)から、エントロピーが大きい「真っ平ら」な状態への移行は、ある「触媒」のようなものがあると早く進むことに気が付きました。それが「渦巻き」なのです。

ここででてくる「渦巻き」は、2ページ前で初めて出てくる。

私の体は60兆個の細胞でできていて、個々の細胞は常に代謝でリフレッシュされているのに、全体としては私が私であることに変わりはない。それは、当時と現在とで私の意識や記憶が同一だからではありません。そこに現れている「パターン」が同一だからです。
(中略)
「パターン」という考え方がよくわかる現象は、私たちの身近な所にもあります。海や川などの、水の表面に生じる「渦巻き」です。

つまり、散逸構造の例として渦巻きを取り上げている。これについては、好意的に解釈したい。しかしその先に疑問を感じる部分が出てくる。

ビンの中の水を捨てるときも、ビンをぐるんと回して渦を巻かせたほうが、速く水が出ていくことは経験上、ご存知でしょう。(中略)つまり渦巻きが、エントロピーの増大を速めているのです。
そう考えると、「生命の渦」とは、宇宙全体のエントロピーの増大を加速するための仕掛けとも見ることができます。
(中略)
端的にいってしまえば、「生命があった方が宇宙は早く終わる」のです。

これは怪しい。これについては反例をあげたい。たとえば光合成の過程では電子伝達系が活躍している。電子伝達系は、光励起によって電子励起の形で与えられた、電子ボルト程度の大きいエネルギーを効率よくエネルギーを利用するために、高エネルギーの化学エネルギーを段階的に開放していく。
電子伝達系 - Wikipedia
電子ポテンシャルの形で得られたエネルギーを、エントロピーが増大しないように、精密に反応回路を駆動して、生体エネルギーの形に変換していく精密回路である。励起された電子を、乱暴に水和させれば、周囲温度をちょっと上げておしまいだろう。こうした生体の機構を、すべて考慮に入れた上で「宇宙全体のエントロピーの増大を~」というのが示されているなら良い。でもそうじゃないだろう。

野次のようになるが、どこからどこまでが事実であり、どこからどこまでが議論中のサブジェクトであり、どこからどこまでが筆者の考えかというのがちょっと分かり辛い。その辺については、もうちょっとやりようがあったんじゃないかと思ってしまう。
啓蒙書だから、とも思うが、「生命とは何か」というとびきり難しい問題を考えるのであれば、厳密にやっていかないことにはうまくいかないと思う。