読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

断熱圧縮をめぐるあれこれ

はてなブックマーク - 【物理】未だに隕石が高温になるのが摩擦だと言ってる奴多いが 宇宙&物理2chまとめ
概要:隕石の大気突入時の温度上昇は,従来説明されてきたような「空気との摩擦」ではなく「断熱圧縮」なる機構によるものなんだぜぃ(ドヤッ
参考資料:

スレの主張は概ね正しそうだ。専門家もそう言っているみたいだし,そうなのだろう。

(*2) よく「大気との摩擦熱で…」という説明を目にしますが、実際には摩擦熱ではなく、大気が急激に圧縮 (断熱圧縮) されることによる温度上昇です。カプセルにすさまじい相対速度でぶつかる大気の運動エネルギーそのものが熱に変化するのです。

http://www.isas.jaxa.jp/home/hayabusa-live/?itemid=381

摩擦というのはよくわからなくて,気体分子が物体との衝突でやり取りするエネルギーは表面状態に大きくよってしまう。それに比べると断熱圧縮は非常によくわかっている。熱力学はマクロな物理量で閉じており,操作を通じた状態変化が定量的に予言できる。摩擦は身近な現象であるがゆえにわかりやすいと思ってしまうが,実際は断熱圧縮過程の方が素性が良いのではないか。

スペースシャトルとかが大気圏に突入するときの昇温の説明で,摩擦熱が挙げられているのは確かに見たことがある気がする。例えば私も小学生のころ読んだまんがサイエンス (2) (ノーラコミックスDELUXE)というまんがで,スプートニク1号みたいな造形の神様がそんな説明をしていたのを見た…気がする。(ちゃんと「空気にぶつかった」という表現もしていた記憶がある。お手元にお持ちの方で確認いただけると嬉しいですね)
量子力学とは違い,熱力学は化学系・物理系の学生だけではなく機械系から土木・エネルギー系といった工学の諸分野においても必修の扱いになっているものと思うので,理科系の修業を積んだ人には断熱圧縮という言葉はなじみの深いものだと思う。状態変化におけるΔU=W[M]+Q (W[M]は気体に対してなされる力学的な仕事)*1という熱力学第一法則において,気体が周囲と熱をやり取りしないという条件,Q=0を課すわけだ。Q=0が何を意味するかというと,気体の圧縮が,熱の移動よりも十分早く行われるということを近似的に意味する。実際上のファイヤーピストンの動画でも,手でピストンを叩くことによって瞬間的に圧縮を行うために,熱が逃げる間もないというわけ。さてQ=0の場合は,ΔU=W[M]。自然言語に翻訳すると,「気体にされた仕事W[M]はそのまま気体のエネルギーの増加ΔUに等しくなりますよー」ちうこと。隕石やシャトルでは,静止していた空気が隕石やシャトルの下面によって押されて(=力学的な仕事をされて),エネルギーが上がり温度も上がる。


ところで断熱圧縮つながりということであるが,最近読んでる熱学思想の史的展開という本がかなり面白い。ちょうど断熱過程に関するラプラスポアソンらによる議論に差し掛かったところで,『19世紀になってフランスで断熱変化がにわかに脚光を浴び始めた』とある。その理由は,当時大論争だった≪比熱変化理論≫ vs ≪比熱・潜熱理論≫が注目を集めたことであり,また別の理由としては,先日の記事にも書いたニュートンの導出した音速の,実測値とのずれが断熱変化により解決されそうだという気づきだったそうだ。また面白い偶然であるが,ちょうどこのころ(1806年)『小さなシリンダー内の空気をピストンで急激に(つまり断熱的に)圧縮することで火口を発火させるファイアー・ピストンの商業生産が始まった』と書いてある。これは先に上げたyoutubeの動画のものである。ちなみに最も興味を引いたのは≪比熱変化理論≫ vs ≪比熱・潜熱理論≫の行方であり,これはラプラス,ベルトローら率いるフランス学士院により前者が葬り去られる形で一応の決着がついたのだが,その後ラプラスは熱素説にもとづいた解析的熱量学を完成させ,熱学を数理科学のレベルに引き上げたとされる。しかしこれは熱量保存の仮定に基づいており,正しくなかった。第一法則に見えるように熱と仕事は制約があるものの互いに変換されるからである。

現在では,気体の熱現象の中では最も力学的で,それゆえ熱と力学的仕事の互換性をもっとも直截に表すものと思念されている断熱変化現象が,熱素理論の確立とそのもっとも洗練された定式化への踏み台となったのだ.物理学史における最大の皮肉と言えよう.(15章より)

しかしまた,こうも言っている。

しかし,熱量学のこの高度に洗練された形式の一応の成功は,熱についての立場を超えて,熱量保存則への確信をその後約20年の間,持続させることになった.(中略)まさしく「熱素説は,我々が通常想像しているよりはるかに優れた,成熟した理論なのであった」.(トーマス・クーン) (16章より。強調原文ママ)

非常にドラマチックである。
しかしクーンが言う我々とは果たして誰なのだろう。どれだけの科学的知識を我々は共有できているのだろうと考えると,少しだけ寂しい気持ちになるのであった。

*1:notationは清水明先生の「熱力学の基礎」に従った