知的複眼思考法

[本]なんていうタグがあったことすら忘れていたのですが、先ほど読み終えた本を紹介しようと思っていくつ目かの読書感想文を書こうと思います。今回読んだ本は、割といろんなところで取り上げられている(たとえばここ)し、評価も高い。そんなわけで手に取ってみる気になったわけ。

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社プラスアルファ文庫)

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社プラスアルファ文庫)

すぐれた科学の解説書

この本を読んだ感想は衝撃でも感動でもなく、むしろ感心に近いものでした。というのもこの本は、実はものすごくすぐれた科学の入門書だったから。感心したので少し具体的に書いてみることにします。はじまりはじまり

常識を疑うということ

この本で筆者が終始強調しているのは、とにかく読者が「自分の頭で考える」ということです。何かのメッセージを受け取るときに、書き手の主張を鵜呑みにしないことの重要性が形を変えて何度も強調されています。本文中の文章を引用すれば

●眉に唾して本を読む
(中略)
意味不明のところには疑問を感じるような態度が重要なことは言うまでもありません。さらには、意味が通じた場合でも、わかったつもりにならないで、おかしいと思うところを見つけようとする態度を心がけましょう。意味不明なのは、読者の読解力不足だけとは限りません。わからない部分は、書き手の側に問題があることも多いのです。(本文91ページ)

となります。ふだんから科学に接している人であれば、これがそっくりそのまま科学の方法だということにすぐ気づくはずです。そうでない人のために、量子電磁力学の定式化でノーベル賞を受賞した、ファインマンの言葉を借りれば

科学とは、専門家の無知を信じることです
聞かせてよ、ファインマンさん (岩波現代文庫)より)

ということに尽きます。偉い人が何かを言おうが、自分で考え判断する。これが科学という方法そのものです。この点で、僕はこの本がすぐれた科学の入門書であると断言します。

以上の点に比べれば多少瑣末なものにならざるを得ませんが、多少細かい点についても素晴らしい箇所がいくつもあったので、以下ではそれについて触れてみたいと思います。

問題の定式化・概念化

この本の後半、3章では"問いのたて方・展開の仕方"についての議論がなされています。これは科学でいえば"問題の定式化"となるでしょう。定式化と言うと、なんだか仰々しく聞こえてしまうかもしれませんが何のことはありません。これは実は客観化のプロセスであり、実は一般化・概念化の一つの利点であるといえます。これを見るために再び、本文を引用して具体的に指摘していきます

私たちが物事について語る時、具体的、個別的なレベルから、抽象度の高い一般的なレベルまで、さまざまなレベルを設定して物事をとらえています。
 概念化というのは、こうした抽象度を高めて、物事をとらえようとするときの方法のことです。(中略)
 したがって、概念化という方法のメリットは、共通性を高め、個別の細かな事情を切り捨てていくこと(捨象するということ)にあります。個々の出来事の細部にこだわっていたのではみえてこない現象の共通性を探るために、物事を概念化して捉えることが有効な手段になるのです。(本文231ページ〜)

実は、これは科学が最も優れていることの一つです。客観性を重んじる科学では、「定式化」がものすごく厳密です。現象のモデルを立てるとき、そのモデルがどのような前提のもと構築されているのか、その適用範囲なども含めたごく細部までが厳密に定義されている必要があります。でなければ再現性や普遍性が失われてしまうからです。理科系と呼ばれる人間が研究を通じて身につける能力の中でも、この定式化の能力は宝みたいなものだ、というのが僕の意見です。(議論の抽象度に常に気を払いながら話すことができるというのもそういった人たちの別の特徴です)

筆者の指摘する科学との共通点

また、3章では因果関係を問う思考の方法として、科学と筆者の主張する複眼思考の共通点について陽に論じられているのも面白いところです:

 科学的な思考には、原因と結果の関係を確定するための三つの原則があるといいます。(中略)
 このうち、因果関係を考える複眼思考にとって重要なのは、三番目の原則(ほかの条件の同一性)です。なぜなら、「これが原因に違いない」と思っていることでも、実はそれほど大きな影響力を持たない場合もあり、気づいていないほかの原因によって結果が引き起こされていることも少なくないからです。(本文201ページ)

余談ですが、ここで指摘されている「他の条件の同一性」については、あまりありがたく読む必要はないと思います。なぜって、皆さんこれは小学生の頃の理科の時間に習っていますからね。「比較実験」というやつですよ。

おわりに

なんだか、感想文というのではなくなってしまった感じがします。が、伝えたいのはこの本がとてもよく出来た科学という考え方の入門書であるということ。すでに誰かが指摘しているのかもしれませんが、僕はこれを読んで感心してしまいました。僕が言いたかったことは大抵この本に書かれていたのですから。